今に残る「統監」
今に残る「統監」 この写真は、大磯町を貫く国道1号線沿いにある旧伊藤博文本邸 「滄浪閣(そうろうかく)」 前のバス停。住所は、大磯町 神奈川県中郡大磯町東小磯周辺。 明治記念大磯邸園 の事業では、旧滄浪閣を中心に西園寺公望別邸跡・陸奥宗光別邸跡・大隈重信別邸などを一体的に保存・公開する構想が進められている。 滄浪閣は1897年に大磯に建設され、同年10月に伊藤が本籍を東京から大磯へ移し、彼の本邸であった。 [ja.wikipedia.org] 現在、この跡地は 明治記念大磯邸園 の中核施設である 旧滄浪閣(伊藤博文邸跡・旧李王家別邸) として保存・整備されている。 [meijikinen-oiso.jp] , [meijikinen-oiso.jp] 伊藤の死後に李王家へ譲渡され、1923年の関東大震災で倒壊したのち、1926年に李王家によって再建された建物である。 伊藤博文が朝鮮(当時の大韓帝国)の「統監(韓国統監)」であった期間は、 1905年12月21日から1909年6月14日まで。 経緯を簡潔に整理すると、 1905年11月 第2次日韓協約(乙巳条約)により韓国は日本の保護国化される。 1905年12月21日 伊藤博文が初代韓国統監に就任。 1906年2月 統監府が京城(現在のソウル)に設置され、本格的な統監政治が始まる。 1909年6月14日 伊藤は統監を辞任し、後任に曽禰荒助を経て寺内正毅が就任。