陸軍軍医 村井静夫医師 年俸2000円ha, リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 9月 17, 2025 陸軍軍医 村井静夫医師年俸2000円簿冊標題公文雑纂・大正五年・第九巻・内閣九・内閣九(各官庁高等官賞与一附手当)階層行政文書*内閣・総理府太政官・内閣関係第一類 公文雑纂公文雑纂・大正5年請求番号纂01354100医師の年俸(大正期の一例)• 内務省衛生局御用掛(明治末〜大正初期):月給 70円 → 年俸 約840円• 内務省復職後(大正初期):月給 80円 → 年俸 約960円これをみると、在外地における医師は内地の2倍であったと判明する。 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
明治15年の外交官俸給は、件名一等属副田節領事ニ昇任朝鮮国在留被命ノ件 階層 国立公文書館太政官・内閣関係公文録公文録・明治十五年・第百九十七巻・官吏進退(外務省) レファレンスコード A01100238100 所蔵館における請求番号 公03405100(国立公文書館) 言語 日本語 作成者名称 外務卿 井上馨 資料作成年月日 明治15年05月31日 規模 5 組織歴/履歴(日本語) 太政官//内閣 内容 親展 朝鮮国京城公使館在勤外務一等属副田節儀領事ニ被任釜山港在留被命七等官相当年俸二千四百六十円 3月 20, 2025 件名 一等属副田節領事ニ昇任朝鮮国在留被命ノ件 階層 国立公文書館 太政官・内閣関係 公文録 公文録・明治十五年・第百九十七巻・官吏進退(外務省) レファレンスコード A01100238100 所蔵館における請求番号 公03405100(国立公文書館) 言語 日本語 作成者名称 外務卿 井上馨 資料作成年月日 明治15年05月31日 規模 5 組織歴/履歴(日本語) 太政官//内閣 内容 親展 朝鮮国京城公使館在勤外務一等属副田節儀領事ニ被任 釜 山 港在留被命七等官相当年俸二千四百六十円被下賜候様致度此段及上申候条至急御裁可有之度候也 朝鮮国京城公使館在勤外務一等属副田節領事ニ被任 釜 山 港在留七等官相当年俸二千四百六十円下賜ノ事 右謹テ奏ス 明 論文などへの引用例 「一等属副田節領事ニ昇任朝鮮国在留被命ノ件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A01100238100、公文録・明治十五年・第百九十七巻・官吏進退(外務省)(国立公文書館) 続きを読む
釜山の韓語学所 3月 20, 2025 件名 韓 語 学所ヲ草梁公館ニ移シ費用支弁之儀外務省上申 階層 国立公文書館 太政官・内閣関係 公文録 公文録・明治八年・第三百八巻・朝鮮講信録(四―漂流人取扱・経費金旅費・雑) レファレンスコード A01100131700 所蔵館における請求番号 公01700100(国立公文書館) 言語 日本語 作成者名称 外務少輔 上野景範 資料作成年月日 明治06年06月27日 規模 11 組織歴/履歴(日本語) 太政官//内閣 内容 客秋伺済ミノ上対州表ニ於テ朝鮮語学所取設置候処右ハ相廃シ更ニ朝鮮国草梁公館ニ稽古通詞相備生徒九七八名在館修学為致候ニ付右入費ハ朝鮮仮定額金五千円之内ヲ以取賄可申積リニ候就テハ是迄対州表語学所ハ請取有之候一ケ年分定額金三百円ハ昨秋九月来仕払来候ニ付追テ精算 論文などへの引用例 「韓語学所ヲ草梁公館ニ移シ費用支弁之儀外務省上申」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A01100131700、公文録・明治八年・第三百八巻・朝鮮講信録(四―漂流人取扱・経費金旅費・雑)(国立公文書館) 続きを読む
日本統治期木浦研究の試み 5月 06, 2025 はじめに 歴史研究において理論と実証の二つが重要なことは言うまでもありません。しかし、この二つを備えた研究をすることは容易ではありません。特にこれまでの植民地研究は理論や概念だけで語られ、資料による証明が疎かにされてきたといえます。このように語られてきたから当然だ、というように、その語りの出所が曖昧なまま特定の理論、概念が形成されてきました。 こうした現状を反省すること、つまり理論と実証の歯車を合わせ、事実に基づいた歴史を構成していくことを根幹に置いて、われわれは研究を進めてきました。 ① 理論と実証の歯車を合わせる これに関しては、植民地シンポジウムにおいて試みてきました。今回の植民地シンポジウムでは第1部が「植民地研究の展望―日本統治期朝鮮半島を中心として」、第2部が「日本統治期朝鮮半島関連アーカイブ研究の展望」という題目で行われました。これは第1部において理論及び実証研究の発表を行うことでその問題点を議論し、第2部においてそうした植民地研究を今後アーカイブズ学がどのように貢献できるかを議論するという構成になっています。第1部と第2部の議論が直接的に連結されているわけではありませんが、単に理論的な議論を行うのではなく、そこにアーカイブズ学の議論を加えることで、より重層的な植民地研究がなされていくことを期しました。「Ⅱ 植民地シンポジウム」において詳細を報告させていただきたい。 ②事実に基づいた歴史を構成 これに関しては木浦における民衆史研究において行ってきました。植民地期を論じる上で、出所の確かな資料を入手することは急務です。そこでわれわれは植民地期に朝鮮に住まわれた日本人の調査に着手してきました。そうした人々から貴重な意見を聞くことは重要ですが、まずその下準備として、どのような方が住まわれ、どのような仕事をなさっていたか、またそうした情報の出典のデータベースを作成しました。「Ⅲ 木浦資料集」において詳細を報告させていただきたい。 植民地朝鮮に関する研究は理論においてもそれを実証する面においても未熟な段階にあるといえます。単に二項対立的な理論を脱却して新たな理論を構築していくとともに、それを実証しうる資料を学問的に整理してきました。また、実際にその当時生活されていた方から証言をいただくことは時間との戦いであり、そうしたオーラルヒストリー研究も進めてきま... 続きを読む
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